土曜日、深夜1時。渋谷。
ようやく仕事が終わって、駅前からタクシーに乗る。行き先を告げて座席にもたれかかると、娘からLINEのメッセージが入る。
タクシーでの帰宅は何年ぶりだろう。
思えば、独身の頃は仕事で遅くなることが多く、タクシーでの深夜帰宅もざらだった。しかし、結婚し、子どもが生まれ、そして子どもが成長するにつれ、深夜のタクシーに乗る機会は大きく減っていった。
いまどこ?
娘からのメッセージは、だからどこか異次元の世界から届いたような、あるいは時を超えて未来から着信したような不思議な感覚を届けてくる。
独身時代に乗ったタクシーの匂いを身体が覚えている。タクシーの後部座席に疲れた頭をもたせかけた瞬間に、気持ちはあの頃のそれに戻っている。
あれから30年も経って、結婚して子どもがいるなんて、あの頃はまったく想像もしていなかった。まして、娘が大学生になっていて深夜のスマートフォンにメッセージを送ってくるなんて考えもつかなかった。
渋谷からタクシーに乗ったとこ。ママは?
会合で遅くなるって
それから何度かやりとりをして、スマホを閉じる。
クルマは井ノ頭通りを離れ、山手通りへと入っていくところだった。
自宅に着くまではまだ1時間くらいかかるだろう。ぼくは再びシートに頭をもたせかける。