2011年11月22日火曜日

夜風と選挙と自転車

「今から来れない?」


妻からメールが届く。


ちょうど市長選の投開票の日だった。知人の選挙事務所を手伝っている妻は、夕食の後そろそろ最初の速報が出る頃だと言って出かけて行ったのだった。

しかし開票は少し遅れているらしい。手持ち無沙汰になった妻は、どこかでお茶でもして時間をつぶさないかと言ってきたのだ。


クルマのキーを持って外へ出ると、夜風が首筋を撫でる。


「今から来れない?」


ふと、20年くらい前に聞いた同じ言葉が甦る。あの日電話の向こうで同じ言葉を囁いたのは、まだ結婚する前の妻だった。



ぼくは借り物の自転車を引っ張り出すと――それは鳥山昌克がぼくのアパートに置きっぱなしにしていったサイクリング車だった――彼女の住む街まで走った。

その頃ぼくのアパートは中野にあって、彼女は下井草に住んでいた。自転車で行けば30分くらいの距離だったろうか。

夜ももうかなり遅い時間だった(そうでなければ電車で行っただろう)。自転車を漕ぐぼくの周りをすきま風のように夜風が過ぎていった。


それにしても、鳥山――今では唐組のナンバーツーになっている――は何故そのサイクリング車をぼくのアパートに置きっぱなしていったのか。それは、奴が同じアパートに住んでいる東大生から譲ってもらったものだった(その東大生が卒業して大阪に帰る時、ぼくたちはテレビやら自転車やら何やらを譲ってもらっていた)。


ぼくたちは中野のぼくのアパートから東中野の奴のアパートへ、またその逆へと大学の4年間に何百回と行き来していたが、そんなある日問題の自転車を押しながら深夜の路上を歩いていると、警官の職務質問に引っかかったことがあった。

そもそもその警官はどうしてぼくたちを見咎めたのだろう。風体に問題があったのか、それともぼくたちの人相がそれほど怪しかったのか、「それは本当にキミの自転車なのか」とずいぶんとしつこく質問された記憶がある。

権力に反抗的だったぼくたちが、つい「キミの、とは何をもってそういうのか、そもそも所有という概念についてあなたはどのように考えているのか。所有しているということの定義はどうで、所有していないということの判断はどのように生まれるのか」などと哲学談義をふっかけたりしたものだからいっそう警官を不審がらせたのかもしれない(と言うかそれ以外にないだろう)。



クルマを走らせている途中で、またメールが入る。開票速報が出たらしい。


「どうやら当選みたい」


事務所の近くにある西友の駐車場にクルマを置いて歩いていくと、急ぎ足でぼくの前を行くスーツ姿の男が二人。大柄な後ろ姿に見覚えがある。どうやら新市長らしい。その身体が、そこだけ明々と明かりの灯った事務所の入り口に吸い込まれて行ったと思うと、大きな拍手が聞こえた。


現職二期目の与党候補を向こうに回した選挙戦は、野党側が候補者を絞りきれず分裂選挙となっていた。出馬表明の遅れた新市長の陣営は、所属する野党の公認は取り付けたものの、つい半年前にトップ当選したばかりの県議会の議席を投げ打っての出馬に批判の声もあり、なかなかに苦しい戦いとなっていた。


しかし、勝負は速報が出ると同時に決まったようだった。あとで見ると相当な接戦だったようだが、東京のベッドタウンという土地柄でいつも同様低かった投票率が決着を早めたのかもしれない。



人垣越しに覗くと、妻はすでにお祝いに駆けつけた人々の応対に大わらわで、もはや隙をつぶすどころではなくなっている。

地元の国会議員やら名士やらがたくさんやって来て、なんとなく気後れしたぼくは歩道のガードレールに腰を下ろす。たまたま通りかかった選挙事務所の顔見知りの人がぼくにも握手を求め、「素人集団が選挙のプロに勝ったよ!」と興奮気味にしゃべっていく。そういう風に捉えたことはなかったが、事務所の面々を思い浮かべるとたしかにそうなのかもしれないなと思う。前回の県議選では事務所に掲げる当選の花輪づくりをぼくが手伝ったくらいだから。


夜風が往来の途絶えた駅前通りを渡り、熱気の醒めやらない選挙事務所とそこにたたずむぼくたちの背後を吹きすぎて行く。



つい最近鳥山昌克から電話があった。


「ブログに書き込みくれただろ。それで電話してみた」


奴のブログをちょっと前に偶然見つけていたのだが、池袋で墓守(!)をすることになり引っ越すことにしたという記事があったのでコメント欄に書き込んでおいたのだ。

奴が東中野から荻窪に越し、やがて結婚して国分寺に越してからぼくたちはめっきり会わなくなっていた。ぼくはすでに就職していたし、奴も唐組の旗揚げに参加して忙しくなっていた。

彼岸過ぎたら時間ができるから、と奴は言ってぼくたちの短い会話は終わった。彼岸過ぎたら遊びに来てくれと。



それからそろそろ2ヶ月がたつ。昔からの友人は、とりあえず元気だとわかっていればそれでよかったりもするのだ(^_^)v