ワシントンのホテルのロビーで研修ツアーの仲間たちとは別れた。
ここまで10日間ほど、サンフランシスコ、デンバー、シカゴ、ニューヨーク、ワシントンと研修で回ってきたが、このまま日本へ帰る他の仲間たちと別れて、ぼくはひとりニューヨークに戻りあとからやってきた妻と合流することにしていた。
玄関を出るとボーイが「May I help you?」と寄ってくるが、地下鉄の駅までは歩いていくつもりだったので、「No, thank you」と言ってそのまま街路に出る。
最寄りのデュポン・サークルの駅まではずっとレンガ敷の歩道でとてもおしゃれなのだが、スーツケースを押して歩くのはたいへんきつい。ガラゴロガラゴロ言わせながらいくつかのストリートを越え、いくつかのアベニューを越えて歩いていった。普通に歩くと7、8分の道だが、おかげで10分以上かかった。
デュポン・サークル駅の長いエスカレータを降りる。
券売機の前に立つ。ワシントンDCの地下鉄はラッシュ時とそれ以外の時では運賃が異なるのだが、ニューヨーク行きのアムトラックが出るユニオン・ステーションまではどちらにしても1ドルだ(この辺は前日のうちにチェック済だ)。券売機にコインを入れる。
ニューヨークのペン・ステーションに着いたのは11時45分。予定より10分も早かった。
どうせ20分とか30分とか遅れるなんてことはザラなんだろうなと思っていたが、時間どおりに着くどころか、予定より早く着くなんていうこともあるのか、と感心しながらスーツケースを抱えて階段を登る。
ペン・ステーションはマディソン・スクエア・ガーデンの地下にある。地下1階に広い円形のオープンスペースがある。中央にインフォメーション・デスクがあって、見上げると列車の発車/到着を表示する電光板が目に入る。プラットフォームへは、そこからさらに階段かエスカレーターで下っていくのだが、妻との待ち合わせはそのインフォメーション・デスクの辺りということになっていた。場所は数日前のニューヨーク滞在時にもうばっちり下見ずみだ。
ところが、ホームから階段を登っても円形のオープンスペースに行き当たらない。反対側の階段を登っちゃったのかなと思ってあっちへ行ってみたりこっちへ行ってみたりするが、どうもよくわからない。こっちへ行ったら地上に上がってしまう(はずだ)し、こっちの階段は工事中だし?????という感じでスーツケースを押しながらあっちうろうろ、こっちうろうろ。そうこうするうちに腕時計の針は早くも10分の経過を示している。このまま妻に会えなかったら、英語のできないぼくはどうやって日本に帰ったらいいのだろう。ひょっとして悪いやつらに騙されて、どこかに売られてしまったりするのだろうか(笑)。なんとなく焦ってくる。
よくわからないのでひとまず地上へ上がってからあらためて考えることにして、地上へ行くはずの階段を登ってみた。すると…
数日前に見た覚えのある光景が目の前にあった。
何のことはない。そこが地下1階だったのだ。ぼくはそれまで地下2階を地下1階だと思ってうろうろしていたということになる。するとプラットフォームは地下2階ではなくて、地下3階にあったのだ。
やれやれという感じで見覚えのある風景をたどっていくと、かんたんに待ち合わせ場所に着いた。
円形のホールの中央で、妻がベンチに座っておおきなあくびをしていた・・・。
(この文章は1994年に書いたものです。この度偶然ハードディスクの中から発掘したので、少し手を入れて発表することにしました)